マレク・ライヒマンの運転席で

06 Oct 21

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マレク・ライヒマンの運転席で

デザイナーのマレク・ライヒマンさんは、ロールス・ロイスの「PHANTOM」、リンカーンのコンセプトカー「MKX」や「Navicross」、レンジローバー「MK lll」など世界の名だたる車を手がけてきました。2005年にアストンマーティンのデザインディレクターに就任して以来、新型「V12 Vantage S」、「Vanquish Volante」、「Rapide S」、「DB11」のシルエットなどアストンマーティンを代表するスタイルをさらに進化させました。

アストンマーティンと『007』シリーズの映画の関係は長く、その歴史は1964年の『007/ゴールドフィンガー』でアストンマーティンが「DB5」をベースにボンドカーを特別製作した時にさかのぼります。「DB5」は世界でもっとも有名な車と言われるまでになります。シリーズ最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』ではおなじみの「DB5」をはじめとするさまざまなアストンマーティンの車が登場します。

ジェームズ・ボンドをめぐる最初の思い出は何ですか?

私には7歳離れた兄がいるのですが、この兄が「DB5」のミニカーを持っていました。兄は私をミニカーに近付けないようにしていました。まだ幼かった私のミニカー遊びといえば、壁に激突させたり、レース遊びをしたりすることでしたから。私が9歳か10歳ころのある夜のことですが、父に寝るように言われた時に、ちょうどテレビで『007/ゴールドフィンガー』が始まったのです。テーマ曲が流れてきたときに私は父を見て、その映画を見てもよいかと聞きました。父は私には『007』はまだ早いと言いましたが、見ることを許してくれました。これが『007/ゴールドフィンガー』との最初の出会いでした。

ジェームズ・ボンドとの関係以外に、「DB5」が特別な存在である理由は何でしょうか?

フォルムが美しいということと、形式を重んじているということでしょう。表面の巧みな仕上げに加えて、それに見合う本質的な美しさもあります。車であることを抜きにして、単純に「作品」としても、目をとめて見入ってしまう美しさです。ボンドカーになったことで一躍認識されるようになり、今ではおそらく世界でももっとも認識されている「作品」の1つになっています。そういった意味では「モナ・リザ」のようなものではないでしょうか。また、フロントグリル部分には独特の形状が色濃く継承され、アストンマーティンらしさを備えています。このフロントグリルが威厳と自信をみなぎらせて、存在感を醸し出しています。個性や姿勢を持った、まるでひとりの人間のような車なのです。

"『007/カジノ・ロワイヤル』でダニエル・クレイグのボンドカーとなる『DBS』の開発に加わりました。このとき、『DBS』はアストンマーティンの認識を一変したように思います。"


『007』シリーズの中で、個人的に特別だと感じた瞬間はありましたか?

私がアストンマーティンに入った時、『007/カジノ・ロワイヤル』でダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンドのボンドカーとなるDBSの開発に加わりました。このとき、「DBS」はアストンマーティンの認識を一変したように思います。今まで以上に攻撃的で、自信たっぷりで力強い見た目のボンドカーです。美しいしなやかな車のメーカーというイメージが「DBS」の登場で一変し、再びパワフルなパフォーマンス重視のメーカーとしてみられるようになりました。「DBS」を採用したことで素晴らしい映画に登場するまったく新しいジェームズ・ボンドが生まれたのです。私の意見では『007/カジノ・ロワイヤル』は『007』シリーズの中でも一二を争う作品です。ですから、そこで「DBS」が使われたことは私にとってとても特別な出来事でした。

最近のグローブ・トロッターとのコラボレーションについて聞かせてください。

アストンマーティンの「Valkyrie」と「Valhalla」のVIPのお客様用ケースにグローブ・トロッターのカーボンファイバー製ケースを採用しています。外見はジェームズ・ボンドのアタッシェケースにも似ていますが、ケースを開けると中にはiPadが収納されていて、車と一部の厳選素材に関するあらゆる情報が入っています。たとえばお客様が特別仕様のアルカンターラを採用した「Valkyrie」や「Valhalla」を見たいとおっしゃる場合には、画像を作成し、VIPアシスタントがこのケースを使ってお客様に対応します。iPadには作成した画像が表示され、ケース内部には厳選素材が使われているという具合です。

"私がデザインスタジオのドアを開いたのは、王室とジェームズ・ボンドのためだけです。"


『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でのアストンマーティンの役割について聞かせてください。

まず、アストンマーティンと映画制作チームには確かな協力関係があります。チームメンバーはスタジオを訪れ、私たちが3、4年のスパンで完成させようとしているものなど、デザイン中のスケッチをすべて確認します。ドローンやオートバイ、潜水可能な乗り物など自動車でないものまで、ありとあらゆるものです。私がデザインスタジオのドアを開いたのは、王室とジェームズ・ボンドのためだけです。前作の『007/スペクター』ではサム・メンデス監督が「DB10」を映画に登場する役柄のひとつとして採用しましたが、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でもまったく同じことが繰り返されました。ジェームズ・ボンドの新たな人生のステージを表現するために車が利用されていることは、映画を見ればすぐに分かるはずです。


「DB5」は魅力的なイタリアの町マテーラを走りますが、なぜここが選ばれたのでしょうか。

マテーラには、正確な年数は不明ですが、およそ2,000年の歴史があります。岩肌を掘った洞窟住居が並ぶ風景は息をのむものです。ボンドが操る「DB5」が軽やかに丘を駆け上がっていくシーンはライティングの点から、映画の中でもとりわけ目を引く場面でした。私は常々アストンマーティンは「スーツを着た野獣」だと思っていました。エレガントさを極めた車でありながら、ヘッドライトからマシンガンが飛び出し、敵を倒していくのです。マテーラはこれまで外敵から町を守ってきた歴史があるため、実にボンドカーにふさわしい舞台だったと思います。

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旅人としての、ご自分の最初の冒険は何でしたか?

私は、兄といろいろな所に旅をしました。トルコをすみずみまで見て回り、ダルヤンに行った時のことです。川に出たのでボートを借りて、川原でキャンプしたのですが、キャンプ禁止の場所だったようで、夜にたき火をしていたらボートでやってきた警察に「出て行け」と怒鳴られました。この時私は14歳で、一緒にいた兄は20代になったばかりでした。インド旅行もとても印象に残っています。インドではムンバイからケララまで海岸沿いに下りました。


何度も訪れる場所や、好きな景色はありますか?

山の頂上が近づいてくると、その先端がだんだんと見えてくる景色が好きです。だから私はアルプス山脈をドライブするのが好きですね。アルプスに近づくと、魔法にかかったような堂々とした山々が目の前に表われ、そこを駆け上がっていくのです。海岸沿いの道路では、単調だなと感じます。ですから、ニュージーランドの南島が好きですし、モンタナからロッキー山脈を抜けてネブラスカに向かう道も好きです。ドライブロードがとにかく素晴らしいのです。

どんな種類の料理がお好みですか?

特定の料理でいえば日本料理ですね。特に すし です。魚という同じような素材から、豊かな味わいと食感を生み出せるのですから。広い意味で食べ物としていえば断然イタリアの料理です。家族経営の店でも、街角の店や小さなレストランでも、どこに入ってもとにかく美味しいのです。日本料理とイタリアの食事はどちらも選べません。もし私が死刑囚だとしたら最後の食事には、すし を選ぶでしょうが、前菜は絶対にパスタです!

あなたのパッキングスタイルは?

洋服についてはできるだけ最小限にしたいのですが、なるべく小さいスーツケースにしたいので、いつも詰め込みすぎになってしまいます。

旅に必ず持って行くものは?

スケッチブックと美しいペンです。文字を書くこともありますが、大抵は絵を描いています。――飛行機に乗っているときも窓から差し込む影を描くこともあります。そしてスケッチブックの紙は上質なものに限ります。

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