The Trip That Changed My Life: ルーマニアの大自然に魅せられて

16 Jun 20

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The Trip That Changed My Life: The Wilds Of Romania - GLOBE-TROTTER

旅好きの人に、思い出に残る旅の話を聞くこのシリーズ。今回は、慈善活動家のポール・リスターさんです。リスターさんは、ヨーロピアン・ネイチャー・トラストの創設者であり、スコットランドのハイランド地方にあるアラデールエステートの所有・管理もしています。1996年にルーマニアのファガラス山地を旅したことが、人生をかけて自然保護活動に取り組むきっかけになったそうです。

 

私が自然にかかわりたいと本気で考え、ヨーロピアン・ネイチャー・トラストの創設を目指すようになったのは、1990年代半ばに行ったルーマニアへの旅がきっかけでした。その少し前に、スコットランドのインバネスでイベントがあり、そこにルーマニアからクリストフ・プロンバーガーさんという人が招かれて、講演をしました。ルーマニアには2000頭の狼、6000頭の熊、2000頭のリンクスが生息しているということで、イベントを主催したクロフティング・コミッションは、1000万頭もの羊が飼育されているルーマニアで、それほどたくさんの肉食獣がどうやって共生しているのかに興味があったようでした。

 

そこで、当時ミュンヘン・ワイルドライフ・ソサエティのプロジェクトメンバーとしてルーマニアで活動していたプロンバーガーさんに声をかけたわけです。彼は、ルーマニアに移る前からミュンヘン・ワイルドライフ・ソサエティで働いていましたが、ルーマニアが「ヨーロッパのエデンの園」と呼ばれているのを以前から知っていて、ぜひ実情を調査したいと考え、ルーマニアが民主化された後、移り住んだそうです。プロンバーガーさんは「カルパティア大型肉食動物イニシアティブ」というプロジェクトを立ち上げ、農村地帯の人々や、羊の飼育農家の人々が、たくさんの肉食獣たちと共存するためにどんな工夫をしているのか、その工夫がどれほど効果を上げているのかを調査していました。そのプロンバーガーさんの講演を聞いた人の中に、ロイ・デニス・ワイルドライフ財団のロイ・デニスさんがいました。デニスさんは、スコットランドの狼を野生に返すという考え方に私が強く興味を持っていることを知っていたので、講演を聞いた直後に連絡をくれ、「ぜひブロンバーガーさんに会うべきだ」と提案してくれました。

 

デニスさんと話をしてから2週間後、私はブカレストに飛びました。プロンバーガーさんは空港まで車で迎えに来てくれました。私たちはその足で北へ向かい、プロエシュティの町を通過して、ファガラス山地のあるカルパティア山脈を目指しました。最初の1時間は広大な平地が続き、機械化が進んだ近代的な農地が広がっていました。やがて山のふもとに到着し、私たちの車は、いよいよ山道を登り始めました。途中、シナイアの町を通りました。シナイアはブチェジ自然公園のすぐそばにあって、ペレシュ城という、ネオ・ルネッサンス様式の王宮が有名なところです。近くのプレデアルと並び、ルーマニアの2大スキーリゾートと呼ばれています。そのシナイアを走っているとき、私は、ひとりの男性がペットの熊を散歩させているところを目撃しました。熊にリードをつけて、まるで犬の散歩のように通りを歩いて行きます。「とんでもないところへ来ちゃったな!」と思ったことを覚えています。

 

それから私たちは、パラウル・レーチェ・リッジという尾根に沿って走り、ザルネシュティという小さな村を通り抜けました。そこには古い軍需工場があり、プロンバーガーさんはそれを指さして「ルーマニアのミサイル工場で、最近閉鎖されたばかりなんだ」と教えてくれました。そのザルネシュティ村も、今ではエコツーリズムで有名な観光地になっています。

 

谷を登ったところに、小さな小屋がありました。プロンバーガーさんがフィールドワークの拠点にしている小屋で、ここが今日の目的地です。石灰岩の尾根で有名なピアトラ・クライルイ・リッジを望むプライウル・フォイイという地域です。この小屋が、私たちの滞在場所でした。

 

とても狭く、私は床の上にじかに敷いたマットレスの上に寝ることになりました。小屋には、プロンバーガーさんのもとで働く女性の活動家が2人いました。熊の専門家、アネット・マーチンさんと、リンクスの専門家、バーバラ・フュールパスさんです。つまり私は、狼専門家の男性ひとりと、それぞれ熊とリンクスの専門家の女性ふたりと共に過ごすことになったわけです。リンクス専門家のバーバラ・フュールパスさんはのちにプロンバーガーさんと結婚し、2人でカルパティア自然保護財団を立ち上げました。

 

プロンバーガーさんは、狼を2頭飼っていました。毛皮用動物の飼育場から救出してきたそうで、私も朝の散歩を手伝ったりしました。ある日のことです。私はそのうちの1頭を散歩に連れ出しました。1月だったので、柔らかいパウダースノーが厚く積もっています。私は四苦八苦しながら、チェーンでつないだ狼を引っ張っていました。そのとき、2頭の子熊がいるのに気付きました。子熊と言ってもけっこうな大きさで、なんと私の方をめがけて雪の中を近づいてくるのです(子熊は、谷に沿ってしばらく行ったところに住む住人のペットでした)。えらいことになってしまいました。まるでパニック映画のワンシーンです。 そのときの私の心境は、こうでした。「リードの先に狼。こっちをロックオンしている2頭のクマ。次はいったい何が出てくるんだ?」

 

しかし、ファガラスは本当に素晴らしいところで、私はすっかり心を奪われました。ある日、プロンバーガーさんが、スノーモービルで森の奥へ連れて行ってくれました。見晴らしのいい高みに登ると、一面の森が何マイルも何マイルも、果てしなく続いているのが見えました。見渡す限りの原生林です。生きている大自然の風景、産業の手が入ったことのない生態系を目の当たりにして、私の胸は沸き立ちました。スコットランドで失われようとしている風景が、そこにあったからです。そのとき、私は思いました。「ここだ。こここそ、私が求めていた場所だ」

 

その後、私は、ミュンヘン・ワイルドライフ・ソサエティに私費でささやかな寄付をするなど、プロンバーガーさんの活動の支援を続けました。2001年には、ヨーロッパの野生動物保護プロジェクトや自然環境保護プロジェクトを支援するため、ヨーロピアン・ネイチャー・トラスト(TENT)を正式に発足させました。またスコットランド、ハイランド地方のアラデールエステートの自然生態系を回復させるため、2003年にその土地を買い取り、保護区域に指定して回復プログラムを実施しています。この1996年のドタバタ旅を皮切りに、私は何度もルーマニアを訪れました。

そしてこのファガラス山地の大自然に触れるたびに、私は、自然の生態系がいかに貴重なものかを実感し、この自然を必ず守らなければならないと、決意を新たにしています。

 

ポール・リスターさんは、ヨーロピアン・ネイチャー・トラスト創設者。カルパティア自然保護財団理事。アラデール自然保護区の所有者。 theeuropeannaturetrust.com

Photography courtesy of Paul Lister, unless otherwise stated

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