ドクターの鞄

03 Apr 18

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The Doctor's Case - GLOBE-TROTTER
ダブリン在住のライター、ポリー・デニソンは今回、アイルランド初の心臓病専門医の一人として知られる故ティモシー・B・カウニハン博士が愛用していたグローブ・トロッターのスーツケースに隠された秘話を探りました。

1960年代に、ティモシー・B・カウニハン博士がグローブ・トロッターの紺色のスーツケースを家族の元に初めて持ち帰った時、「絶対に壊れないというスーツケースの頑丈さを証明するために、スーツケースの上に自ら乗って、何度も飛び跳ねてみせた」と、博士のご子息、ピーター・カウニハン医師は父親の姿を懐かしく思い出します。ピーターさんの父親であり、アイルランド初の心臓病専門医の一人であるティモシー・B・カウニハン博士は大変な旅好きでもありました。イギリスとアメリカのいくつかの医学会のメンバーだった博士は、自宅と研究の拠点があったアイルランドの首都ダブリンと、世界中の大学や専門家団体の間を頻繁に行き来していました。いつもグローブ・トロッターのスーツケースと共に。

「父の愛用のケースでした」とピーターさんは語ります。「一泊旅行用鞄として世界中に持ち歩いていました。決して壊れない頑丈さと、当時の飛行機の頭上手荷物入れにスッポリ収まるサイズをいたく気に入っていました」カウニハン家が所有していたグローブ・トロッターのケース 2体のうち、小さい方がより旅慣れしている様子です。プーケット島への休暇やロンドンやアメリカなどへの出張の際に手に入れたステッカーで小粋に飾られています。

アイルランド南西部ケリー州キラーニーという片田舎の町で、1923年に生まれたカウニハン博士は、1940年代から 1950年代にかけて、アイルランドの地方都市コークにて医師としてのトレーニングを受けました。その後、まずはロンドンに移り、さらにボストンへと移住します。ボストンのマサチューセッツ総合病院にて、世界的に高名な心臓病専門医であり、のちにアイゼンハワー大統領の心臓病専門医を務めたポール・ダドリー・ホワイト博士の助手として知識と技術を磨きました。

ホワイト医師とのトレーニングを終えたカウニハン博士はアイルランドに戻り、アイルランド国立大学ダブリン校にて医学講師を務めながら、アイルランドのトップクラスの病院にて心臓病専門コンサルタントとしても従事しました。アメリカとイギリスにて身に付けた知識と技術を故国アイルランドに持ち帰ったカウニハン博士は、同輩の心臓外科医、オーウィン・オマリー医師と共同で研究開発を行い、今日においても採用されている処置を開発しました。アイルランドにおける心臓病医療の先駆者であり、その分野での権威となったカウニハン博士は、患者を訪問したり、心臓病医療が未発達だった地方へ赴いたりと、アイルランド中を駆け巡りました。愛用のグローブ・トロッターの一泊用ケースを手に。

「紛れもなく、父は高名な医師でした」と息子のピーターさんは語ります。「父は立派な医師であり、70代に入るまで現役として働き続けました」大学と病院から定年の 65 歳で引退を余儀なくされた後も、ダブリンのグランドカナル運河の緑豊かなほとり、ハーバート・プレイスに建つジョージ王朝時代の邸宅にて個人開業医として患者を診続けました。引退後も、カウニハン博士は奥様と共に世界中に夫婦旅行に出かけました。息子夫婦のタイへの新婚旅行のお土産話に感化され、「自らの目で確かめるためにプーケット島に出かけたことがあった」とピーターさんは語ります。そのプーケット島旅行のお供として博士夫婦と共にタイを訪れたスーツケースの背面には、タイ旅行の記念としてのステッカーが貼られています。

「かなり旅慣れしたスーツケースです」とピーターさんは言います。
「そして、本当に壊れません。少なくとも 50年は使われ続けており、未だに現役です」

Images: Nick St Oegger

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