名だたるオーケストラとの共演やソロ・コンサートのほか、Cateen(かてぃん)名義で演奏をYouTube配信するなど、ジャンルを越えたアプローチで知られ、2021年10月の「第18回ショパン国際ピアノコンクール」(ポーランド・ワルシャワ)では三次予選まで進み、素晴らしい演奏を世界に披露したピアニスト、作編曲家の角野隼斗さん。グローブ・トロッターによるミッキーマウスの誕生日を祝う特別コレクション「This Bag Contains Magic」のローンチ・イベントに登場し、ディズニーにちなんだ楽曲を演奏してくださった角野さんに、音楽のことや旅についてお伺いしました。
色んなことを学び、経験できたショパンコンクール
「一次、二次、そしてセミ・ファイナルである三次と演奏して、ファイナルには進むことができずに悔しい部分もありましたが、色んなことを学べたし経験できたし、世界の人にも知ってもらえたということで、自分にとって貴重な経験でした。日本だけでなく、世界中の方が応援してくれたのは嬉しかったですね」。10月のショパン国際ピアノコンクールを、角野さんはこう振り返ります。予選が進むにつれて、角野さんの持ち味の一つであるエモーショナルな部分と明晰さがよりはっきりとかたちになっていった印象でしたが、なかでも二次予選の演奏が心に残りました。そのことを伝えると、「セカンドは僕のリズム感などが生きる曲が多くて、自分自身も楽しんで演奏できました。YouTubeでクラシック以外の曲もいろいろ弾くんですけど、そういう即興とか編曲するという活動がクラシックの演奏に生きるのかどうかっていうのが自分なりの挑戦でもあって、それを一番前面に出せたのが二次の演奏かな、と思いますね。コンクール通して、最高のピアノ、最高の音響で演奏できて幸せな気持ちになりました」「真っ向からショパン自体を目指そう」
終わってみれば、収穫の多かったショパン国際ピアノコンクールですが、参加を決めてからは葛藤や逡巡もあったそうです。「ショパンの曲の演奏はすでにたくさんの人がしてきて、いい録音なんてもう出切っていると思うんですけど、それでもこの21世紀、2021年にショパンを弾く意味は何だろうと考え込んでしまったんです。ショパンコンクールで今までにない解釈を提示する人もいるし、何か自分にしかない音で勝負するという人もいる。そのなかで自分はどうするか」
そんな気持ちを抱えていた角野さんに変化が訪れたのは、予備予選のあと、8月のことでした。「8月にチャイコフスキーのピアノ・コンチェルトを弾く機会があったんですけど、曲についてもっと知りたい、とひたすら練習して、本番をとにかく楽しむようにしました。そうしたらまわりからも個性が出ていたと言われ、自分もそう感じた。ここ1、2年、自分の個性を確立することを考えてやってきましたが、難しいことを考えずにとても自然なかたちでそれが出せたんじゃないかというのがこのときの演奏だったんです。それで、ショパンコンクールでショパンを弾くとなった際に『真っ向からショパン自体を目指そう』と思うようになって。余計なことを考えずシンプルに、ショパンが200年前に弾いていたかのような演奏を、というマインドで臨むことができましたね」
オフの時間、パリでは飛び入り演奏も
コンクールの際には、プライベートの時間も取ることができたそう。「コンクールが終わって、パリにいる先生を訪ねました。そのあと、日本に帰国する前に『会いたい人に会いに行こう』と思って、バルセロナ、ロンドンをまわってまたパリに戻ってきました。色んなミュージシャンと会って楽しかったですね。パリでは、今回初めて会ったミュージシャンにジャズ・クラブみたいなところでやるライブに誘われて、『一曲弾かない?』という話になり、飛び入りで演奏してきました。海外の方がこういうことはアクティブにできますね。日本にいるときよりも『行動しなきゃ』って思うのかなぁ(笑)」
旅が楽しくなるグローブ・トロッター
今回の旅のお供はグローブ・トロッターの「センテナリー ラージ チェックイン/オックスブラッド」。このインタビューにも持参してくださいましたが、その隣にはもう一つ、年季の入ったグローブ・トロッターのラゲッジが。「行きは4ホイールだけだったのですが、こっち(ステッカーがたくさん貼ってある方)はあるカメラマンの方とワルシャワで合流して、その人から受け取りました。帰りって荷物が増えるじゃないですか。二つになってちょうどよかったです」。譲りうけた方はずいぶんと使い込まれた印象ですが、実はそれまでのオーナーが自ら「味だし」したのだとか。ちなみに角野さんはこれ以外にももう一つグローブ・トロッターのラゲッジをお持ちで、そちらはもっぱら国内の旅で愛用しているそうです。
7月のショパンコンクールの予備予選から使い始めた4ホイールの感想は「旅が楽しくなりますね。普通、荷物が多いと気が滅入ると思うんですけど、これで運んでいるとテンションが上がります。海外だとたとえばタクシーなんかでも『おお、グローブ・トロッター!』となることが結構ありますね。ショパンコンクールのタイミングで出合えたのも本当によかったです」
歴史が長いのにずっと新しさがある
このローンチ・イベントで演奏いただいたのは、ディズニーにまつわる曲でした。「『Supercalifragilisticexpialidocious』(『メリー・ポピンズ』)はトイピアノのサウンドにすごく合うし、トイピアノ自体がちょっとディズニーを想起させるところもある。そんなことで最初に演奏します。二曲目の『Beauty And The Beast』(『美女と野獣』)は本当に美しい曲ですよね。ディズニー映画のなかでも『美女と野獣』は一番好きかもしれないです。最後の『Rhapsody In Blue』(『Fantasia 2000』)は最初に弾いたのが13歳なので人生の半分一緒にいます。思い入れが深く、もうずーっと弾いている曲ですね」。本番、角野さんの演奏が始まると、ふわっと身体が浮き上がるような感覚が訪れ、まさに魔法にかかったような時間でした。
「歴史が長いのにずっと新しさがありますよね」ディズニーについての印象をこう語る角野さん。続けて「それはグローブ・トロッターも同じで、そのふたつが交じり合うのはすごいことだと思います」と、今回のコラボレーションの感想を述べてくれました。
旅とクリエイションの幸せな関係
角野さんにとって旅はインスピレーションの源として大きい部分の一つだそう。「新しい場所、普段自分が行かないところを訪れるというのは貴重な体験で、そういうときにメロディやアイデアを意識的に考えるようにしていますね。それをボイスメモに録ったり」。では、角野さんが思う「これからこんな旅をしてみたい」とは? 「僕は、観光地というよりはもう少しマイナーなところが好きで、そういうところで現地の人と交流するのを楽しく感じるんです。それなので、たとえばアフリカに行ってアフリカの音楽とセッションしたりとか、インドでコナッコル(ボイス・パーカッション)––––数学的で僕はすごく好きなんです––––の人たちとセッションしたり、というのをやってみたいですね」。なるほど、いかにも楽しそうで創造性豊かなこの旅は、それほど遠くないうちに実現しそうな気がします。
角野隼斗 Hayato Sumino
1995年生まれ。2018年、東京大学大学院在学中にピティナピアノコンペティション特級グランプリ受賞。これをきっかけに本格的に音楽活動を始める。2021年、第18回ショパン国際・ピアノコンクールでセミファイナリスト。これまでに読売日本交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団、国立ブラショフ・フィルハーモニー交響楽団等と共演。2018年9月より半年間、フランス音響音楽研究所(IRCAM)にて音楽情報処理の研究に従事。これまでにジャン=マルク・ルイサダ、金子勝子、吉田友昭の各氏に師事。
東京大学大学院を卒業し、現在は国内外でコンサート活動を行う傍ら、“Cateen(かてぃん)”名義で自ら作編曲および演奏した動画をYouTubeにて配信し、チャンネル登録者数は87万人、総再生回数はおよそ1億回。(2021年11月現在)。2020年12月にリリースした1stフルアルバム「HAYATOSM」(eplus music)は、オリコンデイリー8位を獲得。「情熱大陸」「バース・デイ」「題名のない音楽会」などテレビ出演多数。
CASIO電子楽器アンバサダー、スタインウェイアーティスト。クラシック音楽に確かな位置を築きつつも、ジャンルを越えた音楽すべてに丁寧に軸足を置く、真に新しいタイプのピアニストとして注目を集めている。
Text by Kenichi Aono
▼Disney 'This Bag Contains Magic' Exhibition 角野隼斗氏ピアノパフォーマンス
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