The Trips That Changed My Life: 北極点

14 Apr 20

シェアする

The Trips That Changed My Life: 北極点

今月から始まる新シリーズでは、グローブ・トロッターが選んだ人気のトラベルライターが登場し、それぞれの人生に決定的な影響をもたらした旅や、最も強く記憶に残っている旅について語ります。今月はライター兼フォトグラファーのニック・スミスさん。スミスさんは、カメラ、ノート、そしてグローブ・トロッターのスーツケースを携えて「地球の北限」を目指す旅に出ました。

 

そこは国ではありません。一般の人の感覚で言えば「場所」ですら、ありません。そこは地球上の経線がすべて集まる「幾何学的概念」であり、仮想の「地軸」が存在する点です。TS・エリオットは「回転する世界の静止点」と呼びました。私たちは「北極点」と呼んでいます。行ってみると、北緯90度のそこは、どこでもない場所の中にある何もない点でした。同時に、非常に感動的なところでもありました。

私の北極との出会いは子どものころです。学校の授業でした。と言っても地理の授業ではなく英文学の授業です。ヴィクター・フランケンシュタインが「怪物」を追いかけて、氷の荒野をさまようというメアリー・シェリーのゴシック小説を読み、すっかり心を奪われました。次の出会いは、極地探検の英雄時代に活躍した探検家の話を読んだときです。キャプテン・ロバート・ファルコン・スコット。アーネスト・シャクルトン。ロアール・アムンセン。自分もいつか、そうした偉人たちと同じように極地を探検してみようなどと、本気で考えたことは一度もありません。行ってみたいという夢はありましたが、それは他の少年たちが、イギリス代表のクリケット選手になってローズ競技場でセンチュリー(1試合で100点以上獲得すること)を達成したいとか、ローリングストーンズのように上手にギターを弾きたいと考えるのと同じで、現実味のない単なる夢でした。

 

しかし何年も後になって、チャンスが訪れました。ある極地写真家から、北極へ向かうソビエト連邦の原子力砕氷船50イヤーズ・オブ・ビクトリー号の船底に空席があるという情報がもたらされました。出航は数日後で、大至急ロシアのビザを取り、全国紙からカメラマンとして業務委託を受けることが可能なら、その席を確保してやるというのです。それから数日間はゆっくり寝る間もないあわただしさでした。申請書を書き、フライトを予約し、カメラを何台か用意して黒いナイロンのバックパックに入れ、ラベルに「防寒」と書いてある衣類を長年愛用しているグローブ・トロッターのトラベルケースに片っ端から詰め込みました。偶然にもキャプテン・スコットとサー・エドモンド・ヒラリーの2人の探検家もグローブ・トロッターを持っていたことを思い出し、感慨深かったことを覚えています。

怒涛の準備を終え、私は世界最北端の都市、ロシアのムルマンスクに降り立ちました。そしてアトムフロートの営業所はどこかと尋ねました。アトムフロートは砕氷船の運営会社で、そこへ行けばビクトリー号に乗れることになっていました。

 

 

北半球に住んでいる私たちは、北極点は地球のてっぺんにあると考えがちです。しかし実際に高いところにあるわけではありません。にもかかわらず、船の中でも同様に「北極へ登る」という言い方をします。これもまた事実とは異なるスラングですが、巨大な原子力砕氷船が65000馬力の力で層氷を砕いて進むさまは、まさに「登っている」ように感じられました。船首から空気を噴射して氷板を持ち上げ、これを水中の「アイストゥース(氷を砕く歯)」が粉砕します。そうやって住宅ほどもある巨大な氷の塊を蹴散らしながら前進して行くのです。1世紀も前、防寒着と言えば防水布の衣類だけ、食料は乾パンだけという装備しか持たなかったひげ面の探検家たちは、いったいどうやって石炭燃料の木造船でここまでたどり着いたのかと不思議に思わずにいられません。

しかし北極への旅は、過酷なことばかりではありません。好天の日もずいぶんありました。氷の裂け目に沿って静かに航行しながらホッキョクグマを撮影したり、昔の探検家が残した小屋を見たり、気象観測所を訪ねたり、さらには船に搭載しているヘリコプターを使って上空からの眺めを楽しんだりすることもできました。

 

北極点への到達の瞬間は、船長の案内と手元のGPSで確認しましたが、とりたてて実感はありませんでした。到着したのは、海面にたくさん漂っている同じような平たい氷のひとつでした。それでも私たちは興奮してその氷に上陸し、すべての経線が交わる点に赤いパドルを立てて到着を祝いました。シャンパンを飲みながら南の方角を見たり(どちらを向いても南です)、世界のすべてのタイムゾーンを分単位で渡り歩いたりしているうちに帰船の時刻となり、ロシアに向けて地球を下る旅に出発しました。自分がとても小さな存在に感じました。


 

ニック・スミス。『エクスプローラーズ・ジャーナル』英国支局長、英国王立地理学会フェロー、『A Camera in My Luggage』著者

 

ニュースレター登録

グローブ・トロッターの最新情報をいち早くお届けいたします。